緊急座談会 ~我が国デジタル化の今後について~(3/5)

3.デジタル化に向けまず考えるべきこととは?

【安達】デジタル庁はここ一年ぐらいで設立という話ですよね。そこに向けて今年いろいろな準備が動いていると思いますが、そういう時間が切迫している中でハンコ問題やマイナンバーカードと運転免許証の一体化などがいきなり動き出してしまったという感じで、ちょっと待てよと思ってしまうのです。

【森田】今のままだと、今までやろうとしたことを束ねるだけの話になりかねないと思います。経産省や総務省とか厚労省とかそれぞれのやり方をそのまま持ち込んでいって、それぞれの案を一本化してもよいのですが、そこに自分達の出先を作ってそのままやらせてくれって話になりかねない。
 それを避けるためにはやっぱり一番基本的な部分でデジタル化は何のためにやるのか、どういう意味があるのかということについて、若干哲学的なことになるかもしれませんが、それをきちんと議論していくことが大事かなと思っています。そうでないと、例えば医療健康関係の場合、日本ではデータを集めるためにウェアラブルの機械を開発するとか、医療ロボットだとか、マンマシンインタフェースを改良するとかに終始してしまう。
 本当の目的は、我々のPHR1のデータをずっと蓄積をして、そこから統計的にどういう薬がどういう人にどういう風に効いているのか、一定の手術をした人が何年後にどういう状態になっているのか、そういうことをしっかりとビッグデータで追跡して、最適な医療を探し出すということにあるはずです。情報収集も重要ですが、何のためにどういう情報を集めて、その集めた情報をどう使うかということについては、ITを専門にやっておられる方もまだ十分分かってないというか、発想の比重がだいぶ違うように思います。

【安達】コロナ禍の前後で一気にいろいろな考え方が先行しすぎてしまっていないかな?と思います。デジタル庁構想にしろ、少し動きが急激過ぎるような気がするのです。こう言うと、今までデジタル化を推進してきたのにと言われそうですが、やはりここは一度慎重に体制を考えてもらいたいのですね。
 このままいくと、デジタル庁は森田先生が言われたように、経産省、総務省、厚労省などの関係組織からの出向者の寄り合い所帯のようになってしまうと危惧します。さらに、デジタルを専業にするそれぞれのベンダーからの出向者に仕組み構築を頼ることになります。そうなれば、程度の差こそあれ我田引水に近い形で、そのための仕組みを開発するための調達など様々な箱モノの仕様書がたくさんできて、そこに予算が投入された挙句、今までの電子政府のように何をやってきたのかが分からなくなってしまう。

【森田】そうですね。いま急速にデジタル化という話で盛り上がっているのは、実は教育の世界ですよね。学校が休校になってオンラインでやれということと、小中学校ではタブレットやパソコンを配ってICT教育を行うといったことがちょうど重なったものですから、その教育用アプリの開発メーカーがどんどん参入してきて凄く盛り上がっているわけです。自分たちのソフトをタブレットにダウンロードして、子供たちにそれを勉強させろと言っているのですけども、私に言わせると、それは子供たちがどういう風にそのアプリを使ったかっていう反応を逆に吸い上げてデータにしなければ教育政策にあまり役に立たない。そこのところをどういう形でやるかについて、そこまでわかって議論をしている人ってまだ少ないですね。どの子にとってもすごく教育効果があるような、万能薬的なアプリの開発を目指しているようですが、万能薬は薬としてあまり効かない(笑)。個別最適化した、パーソナライズした対応がビッグデータとかデジタルの一番の強みだと思うのですが、なかなかそのような方向に行かない。そのような方向に行こうとするとすぐ個人情報保護の問題が出てくるものですから。
 だからまあ霞が関や地方の方もそうですが、専門でやってらっしゃる方は分かっているのでしょうが、やはりITの技術の中にいる人はいかにシステムを動かすかというだけで、それをやることで何が起こるのか、何を起こすべきかについての関心はあまりないのではないかなという気がします。

【安達】私がデジタル化で重要な組織だと思っているのは、例えば韓国のETRI2のような最先端の専門家による組織です。ETRIなどは、大学院も兼ねた研究機関で、ITを含めた高度な専門家が集まり、今の韓国の電子政府の大元も創っていますし、世界の先端をいくデジタル社会に向けた研究や人材の育成も行っています。
 また、KISA3のようなセキュリティ、安全対策などを専門的に行っている組織も必要ですね。そうした組織がしっかりしていないと、本当の安心・安全な社会は望めないのではないかなと思うのです。きちんとした検討基盤の確立が、今一番重要じゃないかなと思うのです。
 思いつきとまで言ってしまうと語弊がありますが、政府がハンコを廃止せよなどと号令をかけるのは結構ですが、そこにはベースになるしっかりした基盤のようなものの、技術だけでなく様々な分野からの知見の蓄積というものがあって、そうした体制の中で社会全体を見据えたデジタル社会をデザインするという仕組みが絶対に必要だと思うのです。エストニアもそれをやったと思うのです。その辺りが掛け声で動いてしまう今の政府の危うさを感じさせてしまうのです。

【森田】そうですね。だから、この研究部会でもそうですけど、デジタル社会の持つ意味とそのために必要なことについての議論を盛り上げていくことが重要だと思うのです。何人かの方はそういうことをちゃんと理解したうえで割とクールに見ておられますが、一方では、変に燃え上がっているところもあります。
 私が感じるのは、日本の場合はハンコ無くせという意見と、一方ではハンコ残せという議論があって、なぜハンコがいけないかというと、感染リスクを冒して会社に行かないと押せないからと。この場合日本のベンダーが考えがちなのは、プリンターの中に組み込んでおいて外でも押せるような仕組みを作ったりする。押印ロボットというのもありましたけれど(笑)、そういう発想になってくるのではないかと。
 住民票の写しを取れるシステムをコンビニに結構なコストをかけて導入しても、マイナンバーカードで使っている人をほとんど見たことがないのです。そもそも住民票の写しというもの自体をなくせと、デジタルガバメント分科会でも言っていることなのですが。
 日本の場合、最も障害になっているのは、霞が関の幹部の人がデジタル化をあまり分かっていないことです。だから、「ハンコ無くすことなのね」とかそういう感じで、完全に意味合いが変わってしまっている。きちっと情報連携が出来れば、紙に打ち出して証明書をあっちからこっちへ持ってこなくてもうまく行くのですが、それもなかなか想像できないのです。ハンコは押したい人は押してもいいけど、押さなきゃいけないという義務付けだけはやめてくれと思う。絶対無くせと言っているわけではなくて、趣味で押したい人はいくらでも押しても構わないけれど、押してないからと言って書類が無効とかそういう話ではないだろうと思います。

【安達】情報発信源自体が分かっていなければマスメディアも分からないでしょうね。だから、正しく本質を突いた報道もなされないし、国民的な議論にも発展していかない。
 現実には、電気やガス・水道のように生活に密接にかかわってくるにもかかわらず、デジタルを自分とは無縁のものだと考えている方も多いと思うのです。


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